彼の表情は、どうだろう。
夕方からは、雨。
土砂降りの雨の中,人生で初めて神輿を担いだ彼の表情を僕は探していた。
今年,神輿は上がらないかも知れなかった。
「雨が降れば全ての行事を中止せざるを得ません」
祭数日前の宮司の言葉だった。
リョウマの表情
そう、今日は彼が初めて神輿を担ぐ日だ。
高校を卒業して神社に就職することを決め、神職の資格を取る人生を歩むことにしたリョウマ。
僕は彼に、神輿の楽しさ、素晴らしさを伝えられるのだろうか。
神輿の前を先導していた僕はふと振り返ってみた。
リョウマは、神輿の一番前で,雄叫びを上げていた。
彼は拳を高く突き上げ,最高の表情で神輿の周りにいる仲間たちと熱気を交換していたのだった。
「わっしょい わっしょい」
声枯れるまで叫ぶリョウマ。
その表情には僕の神輿の活動の答えが浮かんでいたようだ。
僕が初めて神輿を担いだ日、僕はそんな表情では無かった。
重くて,痛かった。
お神輿が楽しいと思えるまで,どのくらいかかっただろう。
しばらくは友達も誘えなかった。
しかし彼の表情はどうだろう。心の底から楽しみ,弾けるような笑顔で担ぐリョウマ。
彼の笑顔はすでに,僕たちに元気を届けていた。
5年間の想いを
備前国総社宮。
放火にあい,約20年間も社殿が無かった。
5年前に初めて上がった神輿。担ぎ手も,一から集めた。
しかし今,たくさんの仲間たちが集まってこのお神輿は上がっている。
お神輿に人を呼んできたのは,この笑顔だ。
毎日,神社に奉仕し,静かな境内を掃除する。
一年に一度,神様を輿に乗せ,神輿は故郷を巡る。
地元の祭には特別な想いがある。彼は今、その役割を全うしている。
自身の選んだ道を、真っ直ぐに。
神輿は神社へと帰ってきた。
土砂降りの境内
土砂降りの境内には、誰もいない。
天気がよければ毎年たくさんの人で賑わっているが、全員参加の神輿、ただ宮司と神職が拝殿で神輿の還りを待っていた。
鳥居を潜ると,クライマックスとなる。
鳥居から随身門への参道を神輿が走り込み,神輿の行く手を阻む。
荒ぶる神が境内に入ってきた。
最初の数回は,神輿にはまだ勢いがない。
随身門で待ち受ける僕らはすぐに神輿を返してしまう。
「もっと来い」そう叫ぶ。
階段の上、5年前から始まった攻防だ。
神輿はだんだんと勢いを増してくる。
抑える僕らも,必死だ。担ぎ手の温度も上がってきた。
神輿は勢いをつけ,随身門へと突っ込んできた。
抑え込む僕たち。
鳳凰が随身門の屋根に触れた。
僕は柝を鳴らした。
土砂降りの中,神輿は神社へと無事に帰ってきた。
その歓びを表すかのように神輿は高く掲げられた。
もう一度リョウマの方を見ると,彼はさらに爽やかな表情をしていた。
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