「祭の男」宮田宣也のブログ/明日がもっとスキになる

今,守るべき,つなぐべきこころって何だろう。祭の男,宮田宣也の祭ライフと,祭哲学について。

五年前の奇跡②初めて神輿を担ぐ日〜岡山県備前国総社宮例大祭〜

天気予報は、雨。

朝、社務所で目覚めた僕は,外に出るとひやりとした空気を感じた。

今日は備前国総社宮春の例大祭。

晴れの国岡山と呼ばれているだけあって,竣工祭始まって以来の大雨予報だった。

数日前,岡山に来る前僕は石巻にいた。

雄勝町白銀神社の神輿は雨で中止になってしまい僕は新築された公民館の中で奉納される法印神楽を見ていた。

「必ず行きますので、神輿上げましょう」

宮司は了解してくれた。

石巻から岡山までは、遠い。

一晩で走るには一人では無理だ。

交代しながら,目的地を目指す。

思えば昨年,岡山の次の日がまた石巻で祭だった(石巻の祭は旧暦で決まっており,毎年日にちが動く)。

その晩、岡山の祭が終わったあと必死に祭を目指したのを覚えている。

その時神輿はすでに海にいた。

到着してからすぐ海に飛び込んだ。

【映像は大須八幡神社のお祭り2019年(youtube)】

www.youtube.com

今年は、逆方向。

祭の朝,総社宮の神輿は神社からではなく,高島という場所の公園から始まる。

f:id:nobuya315:20190519124109j:plain

祭の朝。神事は神社でなく公園から始まる

f:id:nobuya315:20190519124640j:plain

公園にはたくさんの人が集まった。5年間かけて育ってきたコミュニティ。

ここは昔海に面していたようで,若宮というお宮があった。

平安時代の頃,神様は海から迎えていたという。

公園で神様をお迎えする神事を行ってから総社宮へと向かうことになる。

ここのお神輿は,子供も参加出来るようにかつぎ棒に長いロープがついている。

5年前、神輿を初めて上げるときに考えついたアイデアだ。

この場所には子供だんじりという子供が引っ張る山車はあったのだが,神輿はなかった。

f:id:nobuya315:20190519123137j:plain

神輿の前の綱を引っ張る子供たち。親子で参加してくれている。

しかし大人神輿だと子供が参加出来る要素は無く,せっかくあった文化が踏襲出来ないので,子供が親子で参加出来るような方法は無いかと考えたのが現在の形だった。

神輿の担ぎ方や形は,場所によって違う。

江戸の粋がつまった江戸前もあれば,湘南地域の漁師たち,荒々しい波を表したような「どっこい」もある。

もちろん,僕らがそれを持ち込むことは可能だったが,土地土地にたくさんの担ぎ方があることを鑑みると,神輿の担ぎ方というものはどこからか単純に輸入されてきたものではなく,その土地の風習や人柄,祭の特性などから収束してきたものだと考えた方が自然だし,長続きするはずだ。

ここの人たちは神輿に触れたことがない,広い地域を回る、子供も参加出来る。

などの要素を取り入れながら,アイデアを出した。

あとは回数を重ねるごとに変化していきながら醸成していくものだろう。

祭は、それでいい。

新たな若い力、リョウマ

今年総社宮には新たな若い力が加わった。

www.sanyonews.jp

彼は総社宮の神輿を初めて担ぐ。

たくさんの後輩たちを連れて,神輿に臨んでくれた。

神輿をはじめて担いだ日。

記憶は薄いが,覚えている。

祖父に声をかけられ,衣装を着て初めて祖父の神輿に肩を入れた。

重くて,辛かった。

しかしただ一生懸命にしがみついた。

祖父が喜んでくれたから。

世代は移り変わっていく。

彼は今日初めて神輿を担ぎ,自身の神社の神輿として守っていかなければならない。

彼の背負う神輿は重いが,たくさんの仲間がすでにいる。

神輿は一人では上がらないが,みんなの力があれば上がると気づく。

これから始まる彼の物語の大切なワンシーンとなるはずだ。