身体が歪みそうだ。
あまりの重量を身体にかけると,肩だけでなくあちこちに負担が来る。
肩,腰,足,様々なところが連動し,立ち向かっている。
溜まってくる疲労は,アクセルをふかすように大きく叫ぶとまた鼓舞される。
重い神輿だ。
大国魂神社くらやみ祭。
還御祭「おかえり」
神輿は動き始めた。
御旅所を出発し,府中の街を巡りながらまた神社へと戻っていく。
途中、何度か他の神輿とすれ違う。
その度、力を振り絞って神輿を揺らす。
府中のくらやみ祭は,大国魂神社がかつて武蔵国の国府の総社宮だったという歴史から,国府祭であるとも言われている。
武蔵国の各神社から神輿が神社へとやってきたのだ。
平安時代末期には主要六社が祀られ,「武蔵六所宮」と呼ばれるようになった。
現在担がれている8基の神輿は,一ノ宮から六ノ宮,そして大国魂神社本社神輿,御霊宮の神輿となっている。
僕らが担いでいるのは,御霊宮の神輿だ。
各神輿は台輪幅4尺とかなり大きく,ずっしりと肩に響く。
途中の休憩でいただく豚汁とおむすびがなんとも美味しい。
まだ明け方、眠い目をこすりながら力いっぱい担いだ後だ。
空腹と疲労が最高の調味料になっている。
友の姿
「体の具合は大丈夫か?」
僕は友人に訪ねた。
1年ぶりにあった彼の肌は荒れている。
左目の輝きが,無い。
「目、大丈夫か?」
「もう、見えない」
彼の体は,左肩あたりに出来た腫瘍に蝕まれてしまっているようだ。
そんなに悪くなってしまっていたとは知らなかった。
彼の様子は変わってしまっていたが,明るい振る舞いは変わらなかった。
しかし,神輿を担ぐのは大変そうだ。
いつも真っ先に棒にしがみつき,力強く神輿を揺さぶる姿はまだ見ていない。
近くを歩いているだけだった。
「無理すんなよな」
そんな状態の中でも,またこの祭に呼んでくれたことが嬉しかった。
神輿を担がなくても早朝2時半には集合し,神輿の準備をしなければいけないこの祭は体力を奪われる。
神輿はいよいよ宮入へ。
大国魂神社の最後の宮入は,圧巻である。
一基ずつ巨大なお神輿は神社境内に集まり,人の背ほどはあろうかという太鼓が氏子に引かれていく。
境内には一般の人が入ることは出来ない。
そこは1000年以上守られて来た神域なのだ。
宮入
拝殿の前、凄まじい人の渦が蠢いている。
神輿は神社に近づいていく。
重い。
段々と神輿は下がってくる。
何度も肩を入れ替えながら,全身を鼓舞する。
力を入れ,叫ぶと汗が噴き出してくる。
力の限りぶつかっていく。
一瞬目を閉じる。まだ苦しくはない。
ふと隣を見ると,友人が肩を入れていた。
「見ているだけでなんかいられるか」
彼の表情はそう語っていた。
きっと僕の一生懸命は彼に伝播し,いてもたってもいられなくなった。
そういう男だ。
「俺にはまだ右肩がある」
隣にいる彼からまた,力をもらった。
僕は一度大きく声を出し,全身に力を込めた。
今僕が背負っているものは神輿だけではないのだ。
最後まで,やり通さなければ。
今僕に呼応しているのは,彼の魂しかない。
この祭に毎年来る意味も,そうなのかもしれない。
だけどそれでいい。
「また来年も一緒に担ごうな」
僕はまた今年も彼との約束を守ることが出来た。