宙から見た景色は,どうだろう。
僕は棒の上にいた。下にはさらし姿の仲間たちだ。
祝い唄を,唄っている。
そこに見える街並,下で支えてくれている男たち。
身体を貸してくれた仲間。
僕の中をたくさんの感情が駆け巡った。
遠くを真っ直ぐに見た。支えてくれている仲間を見下ろすのはやめようと思った。
僕は今,古川の祭の中にいる。
「とーのまち!とーのまち!」
凄まじい怒号だ。
殿町の付け太鼓に数十人の男たちが群がっている。
先導の合図で,太鼓は一気に走り出す。
太鼓と棒を高く掲げ,勢いに任せてぶつかるのだ。
もっと前へ。もっと高く。
身動きは,取れない。
たくさんの男たちの体躯が重なり合い,圧迫される。
細い身体なら折れてしまいそうだ。
必死に棒にしがみつき,さらに高く。
理屈など,ない。
呼吸が苦しくなるほど叫び,高く高く突き上げるのだ。
僕の必死の叫びに,後ろから突き上がる拳が呼応する。
振り返る余裕は無い。
姿は見えないが,声に,動きに,連動し,協力する。
しかし激しく動くと,流れるように人は入れ替わる。
そしてまた新たな無言の会話を投げかけるのだ。
そんな小さな連帯の連続が,目まぐるしく起こっている。
それが誰だろうが構わない。
祭は終盤へ。
最後は自身の街,殿町を太鼓がゆく。
長い道のりだ。
先輩たち曰く「今までやったことがないくらい」長いという。
新たな開始を待っている間、寒さをこらえている。
気温は0℃。
裸姿はあまりに寒い。
「ここから終わりまで、一気に行くので」
付け太鼓を仕切る係長が、興奮気味に伝えに来る。
最後は、スタートのおまつり広場へ戻って行く。
太鼓は高く掲げられた。
大きな起こし太鼓の輿の上にはたくさんの男たちが乗っている。
無数の男たちの熱気の渦がどんなにうねろうとも,静かに,機械的に動いている。
合図とともに,今日のフィナーレが始まろうとしていた。
一気。
「まだまだ、もっと高く、前へ!」
高く掲げられた太鼓棒,刻まれるリズム,男たちの体躯に押しつぶされそうになる。
声を上げ,自らを鼓舞する。
密集し,猛り狂う群衆は酸素を奪いあい,息苦しくなって来た。
叫び,ぶつかる。
拳を上げ,それでも前へ。
叫びに呼応して後ろからも拳が突き上がる。
振り返る余裕は無い。
声が,身体が,心が連動していく。
着火した炎が燃え広がって行くように,刹那の間に上がる熱量。
一瞬の激昂は,いつしか連帯に変わっていく。
争うこころでも,怒りでもない。
激しく燃え上がった感情は,こころを,身体を動かしている。
炎のように伝わった熱量,切り開かれた回路は人間と人間をつなぐ。
祭りの奥にある魔法のような現象が,ここ古川にもあったのだ。
全ての役割を終え,太鼓の音は止まった。
そして誇らしげに,しかしどこか寂しげに,始まりの場所へと戻っていく。
はじめて出会った仲間たちの胸を借り,僕はその数時間を過ごさせてもらった。
数百年の間,そして今もたくさんの人の思いと行動により残されてきた伝統。
その時僕が感じた感動は,この街の人達が命がけで守ってきた文化の一端であるのだろう。
会館に戻り,一人一人が配られた味噌汁をすすっていた。
そこに流れるあまりに穏やかな空気は,窒息しそうな先ほどの熱量とのコントラストを作り,男たちの気高い表情を作っていた。
古川の街で,僕はまた、美しく力強い祭の風景に出会った。